秀808の平凡日誌

第参拾八話 再会

 倒れこんだまま動かない巨大兵器を睨み付けていたランディエフは、避難民の支援をしていたらしいラムサスに声を掛けられた。

「なんだよ…こりゃあ?」

 ラムサスが驚きを隠せない様子でランディエフに聞いた。

「敵の大型殺戮兵器だ…今はもう動かないだろう」

「へぇぇ~…」

 その質問に答えたランディエフが、巨大兵器に足早に歩み寄っていく。

「え、おい?何するんだよ?」

「…これは有人兵器だ、だから乗っているやつが生きているかもしれない。」

「…よくわっかるよなぁ…」

 実際、ランディエフ自身も、これに最初人が乗っているとは思っていなかった。

 だが、先程の緑髪の少年の会話と、何か感覚的なモノがこれを有人兵器だと思わせていた。

 人間でいえばお腹の部分にあたる所に、なにやらハッチのような閉まった入り口が見え、そのすぐ近くには開くためのレバーがつけられていた。

 ランディエフがレバーに手をかけ、ラムサスに向き直る。

「…開くぞ」

 レバーを引くと、何か気体の洩れるような音とともにハッチが開いた。

 ランディエフが中に入ると、金属特有な匂いが彼を出迎えた。

 この巨大兵器が動きを停止したのは、さっきの爆発が内部に及び、装甲の破片が動力部になんらかの損傷をあたえたのと、パイロットが衝撃で気絶したことによるからだろう。

 ひとまず、シートにぐったりとしているパイロットを外に出そうと抱きかかえると、ランディエフの手を生温い液体が伝い落ちていく。

 爆発で飛び散った破片が、内部の人間をも切り刻んだらしい。

 彼は足早にコックピットから抜け出し、パイロットを近くの地面に横たえた。

 連れ出した人間を見て、ラムサスが呟く。

「…女?」

 その言葉を聞いたランディエフも、反射的にそのパイロットの顔を見た。それには見覚えがあった。

 その人間の顔は、髪の色など細かい部分は違うものの、彼が以前見た夢に出てきた少女…ルーナ・クレセントのものだった。

 思わずランディエフは、その名前でその少女に何度も呼びかけた。




 …誰かを呼ぶ、男の人の声が聞こえてくる。

 それは、自分の名前を呼んでいるようにも聞こえた。

 ―――私を呼ぶのは誰だろう?

 …セルフォルス?クロード?

 いや、この声はその2人のどちらでもない。

 何か、もっと懐かしい人のような―――…。

 ネビスはゆっくりとその瞳を開けた。視線の先には、こちらを覗き込む少年の顔が見える。

 聞こえてきた声は、どうやらこの人のものらしい。

「…ルーナ…よかった…」

 少年が安堵の息を吐きながら呟く。

 ネビスにはその少年の事が誰かわからない。しかし、自然と懐かしい気持ちになるのは何故だろう?

 ふとネビスは思い出す。さっきまでこの人を、自分が殺そうとしていたということに。

 なら、この少年は敵のはず。でも、本当に心の底から敵と思えない。

 この少年とずっと昔、一緒に話し合い、狩りを共にし、狩場で一夜を共に過ごした情景すら明確に思い出すことができる。

 少年は自分をルーナと呼ぶ。以前もその少年にそう呼ばれた気がしてならない。

 その瞬間、ネビスは全てを思い出した。ランディエフと同様、この世に再び生を受ける前の生涯の記憶を。

 自分は、ルーナだったのだ。だとしたら、自分をその名で呼ぶこの人は―――。

 ネビスは今にも消えてしまいそうな声で呟く。

「…クロ…ゥ……?」

「!…ルー…ナ?」

 少年の表情は喜びを表すかのように綻ぶ。やっぱり、この人はクロウなんだ。

 自分が、ずっと探していたー―――。

 途端に眠くなるように自分の意識が遠のいていくと同時に、体中の痛みが少しずつ消えていった。

 薄れていく意識の中、少年が目元を濡らしながら自分の名前を必死に呼ぶのが聞こえた。

 …なんで泣いてるの?悲しいことなんて、全く無いのに。

 私は少し眠るだけ。だから泣かないで。

 ………クロウとは、また話せるから…。

 その後、ネビスは眠るように目を閉じた。



 

 眠るように息絶えたネビスの体に、ランディエフの涙が絶え間なく零れ落ちる。

 ラムサスと、後から駆けつけたキャロルが、その様子を静かに見守っている。

「…ルー……ナ…」

 また、守れなかった。自分の力が及ばなかったために、彼女を死なせてしまった。

 ―――何故、彼女がこんな目に会わなくてはならない?

 こんな、人を殺すためだけにしか造られないような野蛮な兵器に乗せられて戦わされなければならない?

 ふとランディエフは思い返す。天上界で紅龍が言った言葉を。

 今の名前は、本当の名前ではないと。

 そのことを、知っていたのだ…奴は。

 だとすれば…この巨大兵器に彼女を乗せたのは…。

 ルーナを再び失ったことによって湧き上がった悲しみ等、全ての感情が紅龍への憎しみのと怒りの炎へと変わっていく。

「…うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 焼き焦げた町並みの中ただ一人、紅龍への復讐を決めたランディエフが、ネビスの亡骸を抱きかかえ、天に向かって叫んだ。

 


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